今回は、「残業代請求と役員個人の責任」についてです。

先日、顧問先の役員の方より、「従業員から残業代を請求されていますが、会社ではなく、役員個人として責任が認められてしまう可能性はありますか。」と質問を受けました。
理由のある残業代請求について、会社として支払義務を負う場合があるとしても、役員個人に対する損害賠償請求(会社法429条)まで法的に認められる可能性はあるのでしょうか。

この点、大阪地裁平成21年1月15日は、次のような事実を認定して、役員個人の責任を認める判断をしています。
以下、内容を抜粋要約してご紹介します。

「時間外及び休日労働に対して割増賃金を支払うことは、使用者の被用者に対する基本的な法的義務であり(労働基準法37条)、株式会社の取締役は、会社に対する義務として、会社をして被用者に対して割増賃金を支払わせる義務を負っている。
代表取締役は、会社が倒産の危機にあり、割増賃金を支払うことが極めて困難であったなど特段の事情がない限り、任務懈怠が認められる。
当該代表取締役は、残業代手当が給与規定通りに運用されていなかった等を認識していた可能性が高く、任務懈怠につき、故意又は重大な過失があるから、会社法429条に基づいて、役員責任を負う。」

上記裁判例の事案を分析しますと、残業代請求について一般論として役員責任を肯定しているとまでは評価されないと思われます。
倒産の危機に瀕していないなど、会社に残業代を支払える程度の資力があり(逆に言えば払おうと思えば払える状況にある)、残業代の支払いが規定通りに運用されていないことを役員が認識していた場合等には任務懈怠があると認定されているようです。

また、上記の裁判例とは逆に、残業代請求に対する役員の個人責任を否定している裁判例もありますし、会社が残業代を支払った場合には個人責任まで更に請求されるものではないでしょうから、会社に資力がない場合の代替手段として当然に利用されるというものでもなさそうです。

とはいえ、上記事例はあくまで地裁レベルの裁判例に過ぎず、今後の裁判例の蓄積によって判断は異なる可能性がありますが、残業代請求について役員個人の責任を認めた裁判例があることについては十分な注意が必要です。

残業代請求と役員個人の責任
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