先日、「まだ当社の取締役ですが、退任時に従業員を一緒に引き抜いていこうと画策しているようなのですが、それは許されるのでしょうか」との相談を受けました。

そもそも取締役は会社に対して忠実義務(会社法355条)を負っています。
すなわち、取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければなりません。

他方、従業員側にも職業選択の自由があり、自らの意思で退任取締役が設立する新会社に将来的に就職することはあり得るでしょう。
そうなると、取締役の忠実義務との関係において、どの程度のレベルで従業員に対する引き抜き行為が行われたかによって判断が異なると考えられます。

この点、東京地裁平成22年7月7日の裁判例は、次のように判断しています。

「被告の行為は、原告の取締役の地位にありながら、原告に重大な影響を与える移籍について、原告の他の取締役に対して隠密理に計画を進行させ、その最終段階で不意打ちのような形でこれを明かしたものであって、原告に対して著しく誠実さを欠く背信的なものであるといわざるを得ない。
・・・さらに、従業員に対する勧誘の方法をみても、虚偽を含む事実を告げて不安を助長する面を含む不適切な方法によっており・・・。
したがって、被告による本件事業部の従業員に対する移籍の勧誘は、取締役としての善管注意義務(会社法330条、民法644条)や忠実義務(会社法355条)に違反し、社会的相当性を欠くものであって、不法行為を構成するというべきである。」

上記の裁判例において、被告は退任する取締役で、原告が会社ですが、引き抜き行為の態様等において、社会的相当性を欠く不当な場合であれば、違法と判断される場合もあると言えます。
逆に言えば、従業員の自由意思に基づく移籍は、職業選択の自由として認められる可能性もあり、退任する取締役の従業員への働き掛けの態様が重要なポイントになりそうです。

以上の通りですので、退任する取締役の従業員の引き抜き行為について、少しでも参考になりましたら幸いです。

退任取締役の従業員引き抜き
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